MUCC / 『惡』(2020)全曲レビュー "15枚目にして新境地を見せる傑作"
1997年結成のV系ロック・バンドの15thアルバム。
メンバー:
逹瑯 (Vo)
ミヤ (Gt/Cho)
YUKKE (Ba)
SATOち (Dr)
サポート:
吉田トオル (Key/Piano)
幅広い音楽性を誇る彼らだが、2017年の『脈拍』以降は基本的にバンド・サウンド中心の音楽性へと回帰している。本作は、前作(昨年リリースの『壊れたピアノとリビングデッド』)で開拓したピアノロック路線を継承しつつ、2010年代以降のMUCCの作品でダントツでヘヴィな世界観を表現したものとなっている。
CD盤には16曲+隠しトラック1曲の全17曲が収録。初回プレスには、アルバム全曲(隠しトラックを除く)+未収録曲2曲のハイレゾ&CD音質の音源がダウンロードできるエムカードが付属している。今回はそれらを組み合わせ、ダウンロード盤+CD版の隠しトラックの全19曲をレビューする。
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1. 惡-JUSTICE- ★★★★☆
ミニアルバム『T.R.E.N.D.Y. -Paradise from 1997-』(2015年リリースの3rdミニアルバム)収録の「睡蓮」を彷彿とさせる幻想的な雰囲気に、近年のラウドなサウンドを組み合わせた曲。ヘヴィな音像が中心だが、サビで一気に空気感が開けたものに変わる。バンドサウンドに絡むシンセが心地よい。コロナ流行後に書かれた曲で、歌詞も現在の社会の混沌的な渦に巻き込まれた人の心境だったり、ネット上で"正義"を振りかざすことへの皮肉を歌っている。ところどころラップに近いリズム感のヴォーカルが乗るのも面白い。
2. CRACK ★★★★★
メタルコアとニュー・メタルを組み合わせた様な暴力的なリフが非常にかっこいい。こちらもラップ的なヴォーカルが顔を出し、ミヤのコーラスがそこに加わる。サビはお得意の壮大なメロディーになっていて、ミヤのハモりが美しい。中盤の転調パートのヘヴィさが尋常じゃなく、メジャー初期のアルバムを彷彿とさせる。
3. アメリア (惡 MIX) ★★★★★
会場限定販売シングルをアルバム用にミックスし直したもの。一般流通ではないが、MUCC史上一番ヘヴィなシングルだと思う。こちらもニュー・メタル的なスタイル。逹瑯のポエトリー・リーディング的なヴォーカルが奇妙な世界観を創り上げている。歌詞的にここまで暗いものは『6』か『朽木の灯』以来かもしれない。中盤にメタルコア的なブレイクダウンが登場し、そこから怒涛の展開が続く。スラッシュ・メタル的な疾走パートに思わずニヤリとしてしまう。こういうある意味プログレッシブな要素は『T.R.E.N.D.Y. -Paradise from 1997-』辺りの作品を想起させる。
4. 神風 Over Drive ★★★★★
90年代V系にパンク、ニュー・メタルを組み合わせた疾走曲。キャッチーに突き進むサビは、文句なしに楽しいし、かっこいい。3曲続いた暗さの中からから光が登場した感覚。短いが、ギター・ソロもあるのが良い。あっという間に終わる。
5. 海月 ★★★★★
期間限定メンバーとして所属していた、現サポートメンバーの吉田トオルが作曲した曲。ピアノとヘヴィリフが共存するダークでミステリアスなフレーズが印象的。Aメロの逹瑯の歌唱も今までにない声質となっていて、まさに新境地といえる。歌謡曲的なメロディーが非常に映える。ギター・ソロも哀愁を帯びていて良い。本作で個人的に一番"新しい"と感じた曲。
6. Friday the 13th ★★★★★
ヘヴィなロカビリーとでも言うべき疾走曲。要所要所に入る高速ピアノが耳を引く。ベースがアップライトなのも含めて「自演奴」(2013年リリースの30thシングル『World's End』収録曲)を進化させた曲にも感じる。
皆んな気付いてない 結論 自分は関係ない
↑のパートにおけるミヤのハモりが素晴らしい。
7. taboo (惡 MIX) ★★★★☆
エムカードのダウンロード音源のみ収録。会場限定販売シングルのアルバム版。逹瑯によるダークで生生しい愛と別れのバラード。個人的には『鵬翼』(2005年リリースの5thアルバム)収録の「1R」に近いものを感じる。後半に登場するバイオリンとエモーショナルなギター・ソロが非常に美しい。
8. COBALT ★★★★☆
会場限定販売のデモテープに収録されていた曲をリアレンジしたもの。「taboo」ほどダークではない、どちらかと言えばキラキラしたバラード。歌詞にも雪という単語が出てくるが、まさに雪景色が似合うような曲だと思う。アウトロのギター・ソロが心に染みる。
9. 例えば僕が居なかったら (惡 MIX) ★★★★☆
エムカードのダウンロード音源のみ収録。会場限定販売シングルのアルバム版。YUKKEが作曲したファンキーな曲。曲調自体はどこか優しく、ジャズ喫茶で演奏されていてもおかしくないオトナな部分もあるが、歌詞はかなり自虐的。こちらもギター・ソロがノリノリで良い。本当にミヤの引き出しの多さには驚く。
10. SANDMAN ★★★★★
ヘヴィでドロドロしたスローな曲。逹瑯のヴォーカルは囁きに近い箇所もあり、曲の狂気感を増幅させている。サビの言葉遊びが面白い。徹底的に歪ませたギターがガレージ・ロックっぽくて癖になる。2回目のサビの"感情の爆発"感がめちゃくちゃかっこいい。
11. 目眩 feat. 葉月 (lynch.) ★★★★★
ニューメタルにパンクをあわせた様なアップテンポな曲。シンセが全体的な音像を柔らかくしていて、独特な雰囲気にしている。葉月による合いの手的なコーラスがいいし、ブレイクダウンにおいては彼が最近音源でも使うようになったグロウルをこれでもかと披露していて気持ちいい。その後に登場するSystem of a Downオマージュのどこかコミカルなパートも良い。
12. スーパーヒーロー ★★★★★
逹瑯が病気で他界した父親について書いた曲。メンバーもインタビューで述べていたが、"死をポジティブ"に捉えていて、ただただ悲しい曲にとどまっていないのが非常に素晴らしい。曲調は明るく切ないロックソングとなっていて、それが歌詞とのギャップを引き立てている。アウトロの逹瑯の語りが涙を誘う。
13. DEAD or ALIVE ★★★★★
思いっきりジャズなイントロを経て、LUNA SEA愛に溢れるような演奏へとつながる展開が面白い。思いっきりLUNA SEA的なサビやギター・ソロだが、リフはニュー・メタル的なヘヴィさを持っている。MUCCのルーツをごちゃまぜにしたとも言える曲だと思う。
14. 自己嫌惡 ★★★★☆
会場限定販売のデモテープに収録されていた曲をリアレンジしたもの。 ライブでどんどん進化していった曲で、間奏でミヤが他のメンバーを刺す小芝居や、要所要所に入る合いの手も含めてファン人気が高い曲。フォークや歌謡曲的な曲調に徹底的にタイトル通りの自虐的な暗い歌詞が合わさっている。サビにブラスが追加されていることもあり、曲の持つ狂気がデモと比べて倍増している。
15. アルファ ★★★★★
切ない歌詞とメロディーが映えるアップテンポな曲。壮大なストリングスがサビのメロディーの美しさを増幅させてる。メロディアスなギター・ソロで疾走し、一瞬ヘヴィさが顔を出すが、すぐさま切ないメロディーに戻る。ラストのサビでテンポが上がる点が個人的に好き。
16. My WORLD (惡 MIX) ★★★★★
会場限定販売シングルのアルバム版。MUCCの十八番の一つである"切ないパンク"の系譜の曲だが、近年のこういう曲の中でもクオリティーが1番高いと思う(決して他が悪いわけではない)。サビのメロディーの多幸感が素晴らしいし、途中でヘヴィ→ギター・ソロで疾走するという展開もいい。ライブで何回も聴いているが、この曲のモッシュは非常にハッピーで楽しい。
17. 生と死と君 (惡 MIX) ★★★★☆
2018年リリースの37thシングル『時限爆弾』収録曲のアルバム版で、本作で一番古い曲。壮大なシンガロングパートが特徴的。さり気なくミヤがハモっている箇所があるが、それが地味に曲のエモさに貢献している。ところどころに登場するクリーンギターやピアノはもちろん、X JAPAN直系のギター・ソロが絶妙に美しい。
18. スピカ ★★★★★
「断絶」(2001年リリースの1stアルバム『痛絶』収録曲)と「9月3日の刻印」(2003年リリースの3rdアルバム『是空』収録曲)と近いテーマを持っている優しさに溢れたバラードで、両曲のフレーズが部分的にオマージュされている。新規ファンにとっては酷かもしれないが、単体で聴くよりは上記の2曲を知った上で聴くほうが100倍いい曲に感じるので、そちらをオススメする。個人的にMUCC初期の暗さを体現する曲達がこの曲を通して浄化されていると解釈すると尋常じゃないくらい感動する。
19. Terrace ★★★☆☆(純粋に曲として) ★★★★★(曲の持つ意味も含めると)
CD盤のみ収録の隠しトラック。2018年のMUCCの日にSATOちに対して"ライヴ中にいきなり知らない曲が始まったらどうする?"というドッキリを行い、そのためにYUKKEが前の晩書き上げたネタ曲。そのネタ曲を"ちゃんとした曲"として本格的にレコーディングしたものがこの音源。WANDSを彷彿とさせるシンセや、しょぼい歌詞をすごくいい曲のように歌っている点がいい(笑)。純粋に曲として評価するなら正直微妙だが、2年前のドッキリ用の曲を昇華させるといういい意味でしつこいネタの引っ張り具合が個人的には大好きなので、ネタ曲としては100点(笑)。
総評: ★★★★★
お気に入り曲:「CRACK」、「アメリア (惡 MIX)」、「神風 Over Drive」、「海月」、「Friday the 13th」、「SANDMAN」、「目眩 feat. 葉月 (lynch.)」、「スーパーヒーロー」、「DEAD or ALIVE」、「アルファ」、「My WORLD (惡 MIX)」、「スピカ」
自分はこのバンドのカメレオンの如く変わるバラエティに富んだ音楽性に惚れたのがきっかけでそもそもファンになったので、基本的に彼らのアルバムはどれも好きだ。問題作とされる『カルマ』とそれ以降のアルバムも好きだし、古くからのファンに崇拝されている『葬ラ謳』や『朽木の灯』も大好きだ。前作『壊れたピアノとリビングデッド』は個人的に久しぶりに"初期ファンにもアピールできる"内容の作品に思えた。不満点を言えば曲数が少なめだったことくらい。今回の『惡』は前作を踏襲しつつ、新境地的な要素が入っているのが非常に評価できる。15枚もアルバムを作り、それでもなおバンドの最新系をアップデートし続けるのは本当にすごいと思う。楽曲の幅は相変わらず広いし、最初は雑多に感じるかもしれないが、聴いているうちに不思議とまとまった作品に感じられるようになる。バラバラな曲調なのにここまで不思議な統一感があるのは2014年の『THE END OF THE WORLD』以来かもしれない。実際、ミヤは今回のアルバムのインタビューで"(精神性という意味での)フォークソングを作りたい"と答えている。
-では、ミヤさんの今はどういうモードなんですか?
今に限ったことではないんですけど、最近は特にフォーク・ソングを作りたいと思っていて。
-ミヤさんが思う"フォーク"とは、精神的なことだと思いますが、どういうことでしょうか。
厳密には"日本のフォーク"の精神性ですね。サウンド・スタイルはヘヴィ・メタルでもロックでもなんでもいいんですけど、誰にでも理解できるポップ・ソングではなくて、その瞬間に自分が思ったことを言葉や音にして、それがある特定のひとりに理解してもらえればじゅうぶん。でも、なぜか不特定多数の人たちが共感してくれる場合もあるから面白いんですよ。
そして、『THE END OF THE WORLD』の製作時には"フォークなもの、フォークの匂いがするところに立ち返ろう"というのがテーマの一つとして掲げられていたという。
MUCCは昔からメロディが際立ってるバンドだったと思うんで。今回、「フォークなもの、フォークの匂いがするところに立ち返ろう」ってところにテーマを置いたとき、そこが際立ってきたんだろうなと思います。
こう見ると、『惡』はテーマ的にも『THE END OF THE WORLD』に非常に近い世界観を描いているのではないかと思うし、片方を気に入った人はもう片方も好きになると思う。
少々話がずれてしまったが、自分の中で『惡』はこの時点で2020年のベストアルバムの一つに確定した。このご時世、ぜひMUCCを聴いたことがない人にも手にとってほしい作品だ。
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