DETARAME SOUNDS

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CHTHONIC(閃靈) / 『十殿 / Mirror of Retribution』(2009)全曲レビュー

 

ミラー・オブ・リトリビューション

ミラー・オブ・リトリビューション

  • アーティスト:ソニック
  • 発売日: 2009/10/14
  • メディア: CD
 

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左からDani Wang、CJ Kao、Freddy Lim、Doris Yeh、Jesse Liu

1995年に台湾で結成されたメタル・バンドの5thアルバム。前作『賽德克巴萊 / Seediq Bale』は台湾版の数年後に英語版(海外版)がリリースされたが、本作はほぼ同時にリリースされている。彼らの他の作品同様、本作も英語版より台湾版の方が何倍もかっこいいと思うので、入手難易度は上がるものの、そちらをオススメする。↑のリンクは英語版

前作のレビュー↓

detaramesounds.hatenablog.com

 

メンバー:
Freddy Lim / 林昶佐 (Vo)
Jesse Liu / 劉笙彙 (Gt)
Doris Yeh / 葉湘怡 (Ba)
Dani Wang / 汪子驤 (Dr)
CJ Kao / 高嘉嶸 (Key)

 

サポート:

Su-Nung / 甦農 (二胡)

 

本作は前作から始まった、"台湾"の悲劇と強さを描いた、フィクションと史実を織り交ぜたストーリーを展開する3部作の第2作で、仏教に基づいたファンタジーと1947年に国民党統治下で発生した二・二八事件を題材としている。

 

本作のあらすじ(ざっくり):主人公"潘正源"は醒靈寺に所属する僧で、自らの肉体と魂を分離し、あの世とこの世を行き来できる能力を持つ。勝ち目がないと知りながら国民党軍に立ち向かう仲間たちを守るため、地獄の奥底から生死簿を盗み出すことを決意する。地上では台湾の民兵が国民党軍と死闘繰り広げ、冥界では正源の魂が五道転輪王の差し向けた霊や鬼相手に奮闘する。生死簿を入手できる前に地獄を追放された正源は、醒靈寺の地下にある自らの肉体に戻ると、仲間たちの惨殺された遺体の山を目にし、怒り狂う。正源は再び地獄に侵入し生死簿を入手しようとするが、鬼王に化けた観音菩薩の勢力に阻止される。囚われの身となった正源は、生者と死者の世界の境界を何度も破った罰として、未来永劫に浄玻璃鏡の番人として冥界に留まる定めとなった…。

 

3部作の詳しいストーリーはバンドが公式Facebookにて英語で解説しているので、英語が読める人はそちらを見てみるのもオススメ。

3部作解説:https://www.facebook.com/note.php?note_id=10150202621017190

台湾語の歌詞はこちらでShow Lyricsをクリックすると表示される:https://www.metal-archives.com/albums/%E9%96%83%E9%9D%88/%E5%8D%81%E6%AE%BF/240778

 

音楽性的には前作と比べてブラック・メタル色が少し薄まりデスメタル要素が増えているのが特徴。また、音質も過去作と比べて大幅に改善されている。

 

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1. 潛冥 / Autoscopy

不気味でどこか霊的な雰囲気を感じるイントロ。中盤から人の悲鳴やささやき声が加えられ恐怖を煽る。

2. 刃綻 / Blooming Blades ★★★★★

トレモロギターとツーバスで爆走するブラックメタル色が強い曲。グルーヴが変わるパートに二胡が登場するが、この1曲で既に過去作と比べて二胡の活用の仕方がより効果的になっていることがわかる。より耳を引くタイミングで使われているし、弾いているフレーズも耳に残る。また、いい意味で前作と比べてキーボードが後ろに下がっていて悪目立ちしていない。Freddyの金切りヴォーカルにギャングヴォーカルの合いの手が絡む感じがノりやすくてかっこいい。ブラストビートで爆走するアウトロのタイトな演奏が絶品。

3. 心擰 / Hearts Condemned ★★★★★

ブラックメタルデスメタルが組み合わさったような曲。トレモロリフにヘヴィな低音リフが組み合わさっていて、ヴォーカルも金切り声と同じくらいの頻度で低音グロウルが登場する。爆走している感じではないが、とにかく曲の"突進力"がすごい。ギター・ソロはMetallicaのKirkの影響を感じさせるワウが効いたもので、良い変化球的効果を発揮している。アウトロで登場する二胡が一気に曲を哀愁あふれる世界観に持っていくのが素晴らしい。

4.  石破 / Venom in My Veins ★★★★★

かなり独特でかっこいいギターリフ達が牽引するデスメタル曲。中にはデスコアに通じるようなリフやリズムが登場するのが面白い。ヴォーカルは金切りが4でグロウルが6という割合の印象。アウトロ直前の怒涛のツーバス連打が破壊力満点。

5. 陰法渡冥河 / The Aroused ★★★★☆

ドラムのタム回しが特徴的なダークなイントロからミッドテンポにずっしりと1分ほど進んだ後、"ザ・ブラックメタル"なトレモロギターとブラストビートで疾走。そこに部分的にデスメタル・フレーズを織り交ぜてドラマチックに展開していく。二胡が登場し、そこからさらにどんどんグルーヴが変わっていく。前半がブラックメタル寄りな印象。

6. 醒靈寺 / Sing Ling Temple ★★★★★

このバンドの全楽曲の中でもかなりの上位に入ると思う名曲。シンプルながらギター・リフが素晴らしく暴力的。ヴォーカルもドラムも勢いが凄まじく、この曲でヘドバンをしたくならないメタルファンは居ないと願いたいくらい。本作では珍しくキーボードが目立つフレーズを弾いているが、前作と違いちゃんと曲に溶け込んでいる。普通のデスメタルならギター・ソロが本来入るであろうタイミングで二胡が登場するのがこのバンドの魅力。この曲も二胡を活用したアウトロが非常に哀愁を帯びている。

7. 一九四七 / 1947 ★★★★☆

オーケストラを想起させる音像が描く悲しさあふれるインストゥルメンタル。台湾のバンドなだけあり、メタルにありがちな西洋オーケストラではなく、中華圏ならではの楽器や音色が活用されている。中間地点を過ぎると二胡が登場。やはりこの楽器の持つ"悲哀を表現する能力"は唯一無二だと思う。

8. 鬼縛 / Forty-Nine Theurgy Chains ★★★★★

このアルバムのみならず、このバンドを代表する名曲中の名曲。短いシンセのイントロから金切り声とブラストビートで爆走。この曲に登場するリフが例外なくすべて神がかっているレベルでかっこいい。ブラックメタルだが、きっちりデスメタル的なフレーズも登場している上、前作と比べて楽曲の長さやアレンジがコンパクトになっているため、より取っ付き易い。本作で一番効果的に二胡が取り入れられていると思う。後半のブレイクにて二胡のフレーズが一気に曲の雰囲気を壮大なものへと一瞬で変えている。細かいが、アウトロの一番最後に短いグロウルを入れるというFreddyのセンスが好きだ。

↑MVは英語版 

9. 再闖閻獄 / Rise of The Shadows ★★★★★

二胡とブラストビートが前面に出た疾走パートが印象的な曲。ギャングヴォーカルの割合が高めで、その分(言葉がわからなくても)シンガロングがしやすそう。中間地点のヘヴィでグルーヴィなパートがめちゃくちゃかっこいい。本作で一番二胡が"自然に"メタルサウンドに溶け込んでいると思う。

10. 淨血終戰 / Bloody Waves of Sorrow ★★★★★

ブラック・メタル王道のトレモロから始まるが、どんどんドラマチックに曲調が次々と展開していく。ストーリーの観点からしても"最終決戦"的な立ち位置なこともあり、壮大で壮絶な雰囲気。2分を過ぎたあたりでガラッとテンポが変わり、よりミステリアスな空気感に。前作ではかなりフィーチャーされていたDorisによる幻想感あふれる女性ヴォーカルがここで初めて登場する。アウトロで登場する二胡が素晴らしい余韻を残してくれる。他の楽器の音が消えた後も二胡の音色がしばらく残るというアレンジが最高。

11. 孽鏡沉暮 / Spell of Setting Sun: Mirror of Retribution ★★★★★

フィナーレを飾る、これまた壮大な曲。ギターのアルペジオから始まり、それを発展させたずっしり系のリフが登場するが、すぐにスラッシーなものに切り替わって疾走。ブラック・メタル的な部分もあるが、やはりデスメタル要素の方が強い印象。キーボードと二胡が悲痛な世界観を増幅させている。中盤で一旦不気味な静寂が入るのが地味にドラマチックさに貢献していると思う。ここでもDorisのヴォーカルが一瞬登場する。二胡が登場すると徐々に曲が落ち着いていき、綺麗ながら不気味なエンディングを迎える。

12. UNlimited Taiwan *英語版ボーナス・トラック ★★★★☆(曲として)★★★★★(意味合い込み)

英語版にのみ収録されている曲。タイトル及び歌詞は台湾が国連(U.N.)に国として認められていないことへの抗議、そして台湾の底力を見せつける意図が込められている。曲としてはやはりデスメタル要素がかなり強く、ブラック・メタル要素はFreddyのヴォーカルくらい。疾走感があってかっこいいが、二胡も申し訳程度に登場するくらいということもあり、あまり"このバンドならではの個性"は感じない。意味合いを知らずに聴いたら普通の良曲。だが、このバンドの思想や曲のメッセージ性を考慮すると、"この曲を発表した行為そのもの"がCHTHONICらしい行いだと言える。

 

総評: ★★★★★

お気に入り曲:全部

 

前作『賽德克巴萊 / Seediq Bale』と比べて大幅にレベルアップした印象を受けるが、やはりそこは前作で本格的に海外進出をし、ヨーロッパやアメリカを隈なくどさ回りした影響があると思う。楽曲もより洗練され、音質の迫力も倍増。比較的史実をそのまま表現した前作と違い、本作はファンタジー要素をそこに組み合わせ、明確な"主人公のいるストーリー"を作り上げている。その甲斐もあり、より引き込まれる、より説得力のあるアルバムになっていると言える。ブラック・メタルデスメタルが半々くらいの本作は、"演奏面でのブラック・メタルの要素"が聴ける(現時点で)最後のCHTHONICのアルバムだ。歴史的名盤と呼べる次作の『高砂軍 / Takasago Army』で世界的評価を得る彼らだが、その頃にはFreddyのヴォーカル以外のブラック・メタル要素は皆無となっている。3部作の2作目ではあるが、音楽性の面では今もCHTHONICが奏でるサウンドの土台が出来上がったのは本作からだと言っても過言ではないと思う。だが、次作があまりにも素晴らしすぎるため、本作は存在感が消えてしまっている印象がある。そういう意味でも、現在『高砂軍 / Takasago Army』以前の楽曲をライヴではほとんど演らなくなってしまったのが残念だ(日本のファンの熱意もあってか、2019年の来日公演では久しぶりに「鬼縛 / Forty-Nine Theurgy Chains」が演奏された)。セットリストに入れば盛り上がること間違いなしの名曲群なのは確か。

 

やはり、初めてCHTHONICに触れる人にはだいたい『高砂軍 / Takasago Army』を勧めるが、よりダークな作風を好む人にはこちらを勧める。どちらも"アジア、もとい台湾のバンド"としてのアイデンティティーが爆発している必聴の名作。

 

Spotify(英語版)↓

 

itunes(こちらのバージョンは数曲ボーナス・トラックとして台湾版が含まれている)↓